悩むことに悩まない

”災難にあう時節には
災難にあうがよく候

死ぬ時節には
死ぬがよく候

これはこれ
災難をのがるる妙法にて候”
(心屋仁之助さんより良寛引用)

成長しても、
年の功を積んでも、
成功体験まみれになっても、
人の成功させる術に長けても、
達観しても、
悟っても…

心が平安になったり
世を自分の思い通りに
できるようになるわけやない。

悩む自分、
苦しむ自分、
悶える自分は
必ずやってくる。

いや、たとえどんだけ
お釈迦さん的な境地に近付いても、
所詮は人間の体と一体不可分に
日々を生きてますから。。

ならばせめて、
『悩むことに悩まない』
という視座をインストールしよう。

悩んでしまうことは折り合い済、
そんなん人間やし当たり前と
分かった上で、

ハマる時期には思いっきり
ハマりに行く。

しっかりその感情と向き合って
思いっきり味わい切る。

自分の人生にとって
必要なことしか人生には起きてこない。

いや、そんなん言うて、
誰も辛いことなんて
望んでないし必要ないと
感じちゃうよね。。

毎日楽しく幸せに、
ノリノリでフローな状態で、
充実感に溢れて…

毎日を真剣に生きてれば
「イマここ」に意識が向いてるはずで、
そんな人ほどハマる部分を
不要に感じるのは当然。

でも、不要に思えんのって、
今この瞬間が不快やとか、
短期的な目線で判断するからやない?

大きな時間軸で見れば、
その苦境・苦難・負の感情があったからこそ、

自分の大切にしたい軸が
体に落ちて、生き方がまた一つ、
自分仕様にハマってきたり
するんよね。

だから、なんかハマる、
上手くいかない時期は、

そうなることが
その瞬間の自分にとって必要な
プロセスなんやと、

短期的目線での意味づけを棚上げして、
中途半端なまま逃げてしまわず、
どっぷりガッツリ浸かる。

そうすることで『あれのおかげで』と
言える体験が型作られ、
気が付けば、次なるステージに居る。

とはいえ、そんなん一朝一夕で
全身全霊腑に落ちるわけもなく、

そんなもんやとまずは頭で理解し、
そして、自らの生き方の中で
体現し続ける中で在り方に落ちてくる。

それが生きるってことなんやろな(^∇^)


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