浜松でワークショップ

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美女達に囲まれて鼻の下が伸び伸びな岡田です♪笑

というわけで6月24日に浜松の友人ゆみちゃんが主催する
『浜松で働く女性による参加型サークルSTEP』で
コミュニケーションワークショップを開催してきました♪

体験としてコンセプトが印象に残ることや、
明日からでもすぐ使えるアイデアが満載で
メッチャ満足頂けたようです(^^)

去年6月末付で銀行を退職し、浜松を離れてちょうど一年☆
たった一年でやりたいことをやる人生に大きく転換したな〜。

近々、私の一年の軌跡を振り返ってブログ書きます♪


”あせも”の塗り薬

私は元々肌が弱く、幼児期~小学生低学年の間は
肘の内側がアトピー性皮膚炎だった。

当時はかなりの痩せ型で、
しかも食べ物の好き嫌いが激しかったことが主因だと思う。

大きくなるにつれて食べる量も種類も増え、
まんのう湯に浸かる等の処方もあって
今では体質改善が出来ている。

ただ、当時から続いている肌の症状として、
未だに季節の変わり目等になると
“あせも”が出来ることがある。

最近、テレビで犬が人間の罹患した手を舐めるシーンを見ていて、
自分の中学時代の“あせも”の塗り薬を思い出した。

それは私が中学1年生で、
修学旅行のような宿泊型イベントに参加していた時。

当時の私は背中全体までも“あせも”になっていて
結構状態が悪い時だった。
そして、風呂上りは特別にかゆみが酷かった。

いつもなら風呂上りに親に塗り薬を
塗ってもらっていたが、
外泊時にはそれも出来ない。

自分なりに塗れる範囲に塗り薬を塗りながら、
困った顔をしていた時、
同じ小学校出身で今まで一度もクラスが一緒になったことが無い、
タブちゃんが声を掛けてくれた。

 「何か困り顔~どないしたん?」
 「背中に薬塗られへんねん。
  あせもやから人にも頼まれへんし。」
 「ええよ。俺塗るで。」

他人であれば、あせもに直接触るのは相当抵抗があるはず。
「伝染るかも~」って考えてしまったり。

それなのに全く気にしない様子を見せてくれながら
ささっと私の背中に塗り薬を塗り始めたタブちゃん。

この時は本当に心の底から感動した。
「ジーンときた」って表現をとても強く実感した瞬間だった。

そして…
「人からの優しさで自分にもこんなに優しい気持ちが芽生えんねや」
って心から味わえた。

元々、一般的には人が抵抗を感じるような役立ち方を
即座に行動できる(ドブに落ちた他人の大切なものを
進んで拾うとか)親父を見て育った私。

私自分も些細なことで実践していた経験はあったが、
自分が他人からしてもらう体験はこの時が初めてだった。

「やってもらってこんな嬉しい&優しい気持ちになれるなら…」

自分の役立ちたい気持ちに腹の底から、
「ドンドンやってまい♪」
って納得がいった瞬間。

自分の大切な体験の一つ。
タブちゃん、ホンマありがとう(^人^)


ガンダムのゴム人形遊び

ナイトガンダム私が幼稚園の頃。

幼稚園の送迎バスに見送られ、
母親の自転車の後ろに乗って、
クリーニング屋さん、駄菓子屋さんを寄るのが
日課だった。

駄菓子屋ではいつも
ガシャポンでSDガンダムのゴム人形を買っていた。

新しいゴム人形を手に入れては、
家に帰って自分流の物語に耽る。。。

よくある子どもの遊び。
でも、私の物語には大きな特徴が一つあった。

それは…

『倒した敵は、主人公であるガンダムの心意気に感銘を受け、
必ず改心して味方になる』ということ。

だから、私の物語は
最後には必ず「魔王 VS それ以外のみんな」になる(笑)
そして魔王も味方に加わり、
街は平和で互助的な状態になる。

大人になり、論理的思考が身に付き、
臨床心理学も齧った私がこれを振り返ると、

私が幼稚園児ぐらいだった頃から、
「絶交」と言い家で一言も交わさなくなった二人の兄への
自分の希望をゴム人形で叶えていたのだと思う。

仲良くなって欲しい。
兄同士は勿論、自分はどんな人とでも。

とにかく誰とでも仲良くなりたい自分。

お人形遊びをしている時は
それぞれの人形を使っている時間が均等になるように
無意識に気を使う自分がいた。

幼稚園・小学校と、よく遊ぶ友達には、
軽度の知的障害の子や、重度の聴覚障害の子がいた。
皆があまり関わろうとしない。
それがとても嫌だった。

私はノケ者にされるのが嫌。
兄同士が互いに無視し合うようにノケ者がいるのが嫌。
だから私はノケ者にしない。
(だからどんな会話も拾うキャラになったんかな??)

中学1年の頃には野球部の同期33名全員に
年賀状を宛てた。

高校生の時には自主企画のミュージックライブを開いて、
あまり話したことも無い友人も含めて
色んな人が一堂に会する場を作っていた。

大学生の時には
自分が所属する学部の友人約140人に向けて、
ヘキサゴンパーティーやら、BBQやら、皆でスポッチャやら、
就活対策としてGD研究やら、後輩向けの研究室紹介やら、
色んな企画を投げかけてた。

いつも参加してくれる人がいると
ホッとしてた。
滅多に参加しない人がいると
胸がジーンとしてた。

上の兄が結婚する頃から、
何気なく会話が蘇った2人の兄。

いつからか、
正月は家族全員でトランプの大富豪を
夜遅くまでやるのが恒例になった。

元々イタズラ好きな岡田家。
イタズラ満載。
笑いも満載。
そして、会話も満載。
本当に心から喜びを感じる瞬間。

誰とでも仲良くなりたい自分。

実現出来なくて苦しむことは多いけど、
私の絶対に譲れない信念の一つ。


閃きの責任

”その気づきや閃きを思いつき得た自分以外に
 為し得る存在はいない。”

大学1回生ん時にふと思い至った自分向けの格言♪

本を読んだり人と話したりして
「なるほど、自分もこの考え方を活用してみよう」とか、

「この仕組みがもっとこうなったらええのに」って
思うことってあるやん??

でも実際にそれを行動に移す人って少ないと思うねん☆
あ、行動に移してる人は聞き流しといてなm(_ _)m

当然、「やろう」と思っても
難易度が果てしなく高いものは沢山あると思う。

会社の1社員が社長の経営方針を変えさせるとか
1市民が年金問題の改革を行うとか汗
(だからって1票を放棄する正当な理由にはならんけどな)

でも、その中には「誰もが無理やと考えてる」
って点が共通してて、結局その流れを
誰も作らへんが故に実現してへんことも
あると思うねんな☆

成功に至った例やと、たとえば
「インターネット使い放題」とか
「音楽をネットで仕入れて携帯するiPod」とか◎

発案当初は誰もが
「実現すれば良いけど、実現しようがない」
って判断やったと思う。

潜在化してようが顕在化してようが、
ニーズと現状とのギャップに気づいたら
チャンスやと思ったら良い♪

余談やけど、需要が無いなら創るって発想も出来るで◎

ジレットは剃刀でひげを剃る文化が無かった頃に
剃刀を無料配布して剃刀の刃を交換する需要を作ったらしい。

どんな難しさがあるにせよ、
気付きを得てもそれを行動に移すって
作業は自分にしか為し得えへんし、

せっかくの気づきや閃きを行動に
落とし込んでみることをおススメしマス♪

さて、ここから展開して、以下の格言も

”人は変化の契機を提示出来るに過ぎない。”

他者に対して気づきを与えることは出来ても、
実際に気づきという衝動をアクションに移行させるのは
当人にしか出来ひんよな。

そう、当人にしか行動に移せへんねん◎

これは何度でも自分に思い出させるべき
心構えやと思う。

極端な話、閃きや気づきを得てる人は仰山おんねやけど、
そこで留まってる人が大半やから、
自分が動き出すことに価値があんねやと思う♪

「見たことも聞いたことも無いから無理」やなくて、
「見たことも聞いたことも無いから
 自分しか為し得へん」って考えた方が
人生楽しめそうやと思うねん♪


徒然草始めるでぇ♪

前々から書こう書こうと思いながら
いつまでたっても始めへんかったブログを書き始めようと思います。
(注:アメブロ、当時はまだ銀行員)

色々面白いことを思いついても中々アクションを
起こせへんかったここ最近の自分と
訣別する意を込めて…。。

…な~んて初投稿なんでついつい意思表明から
入ってしまうこのカタさ。。

このカタさ故に基本的には真面目で
深~いテーマが中心となりますが、
硬軟を縦横無尽に駆け巡りながら、

でも何らかの気づきや、脳が面白みを感じる
内容を提供したいと考えてマス◎

キーワードは… 
 
  Serendipity!!

最近はメディアで扱われることが増えてるし、
知ってる人も多いやも??

「宝物を発掘する能力」ってイメージなんやけども、
具体的な話はまたの機会に♪

…さて…

このブログでは基本的には徒然草にあやかって、
日常思い浮かぶオモロイテーマや自分の考えを
綴っていきたいと思います◎

面白いなと思う記事があったり、
関心のあるテーマがあったら
是非々々絡んでって下さいね♪

頭の活用法なんかも扱ってくんやけど、
その辺を意識しながらみんなと意見を
やり取りする中でオモロイ発想へ辿りつくんが
Serendipityの骨頂やったりするから、
みんなの協力が必要なのだ♪

ほなほな、初投稿はここらにして、
最後に引用を。。。

  つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、
  心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく
  書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。
                 (徒然草 序段より)

 ”手持ちぶさたな状態で、一日中すずりと向き合いながら、
  脳裏に浮かんでは消えてゆく取り留めもないことを気ままに
  書き記してみると、不思議なぐらい気違いじみている。
  (=気違いだと感じるほど自分の日頃の脳の働きを超えた
   発想が出てくると解釈)。”
                         (筆者の意訳)